Glass 5 / 1巻
カクテルの魔法
相田に誘われて入った六本木のキャバクラで、佐々倉はホステスの水割りを作り直す。数日後、店では一切酒を飲まないシングルマザーの亜希子に出したのは、酒の入っていない一杯だった。
この話に出てくるお酒
- 水割り
- 客として入ったキャバクラ「MAGICAL」で、ホステスの作った水割りを見かねて佐々倉が自分で作り直す一杯。作中で説明されるのは道具の動かし方だけで、ウイスキーと水の比率は出てこない。マドラーは水平に回すのではなく「下から上に引き上げる」。ウイスキーと水は比重が違うので、横に回しても層のまま残るという理屈で、佐々倉はこれを「立派な化学」と言う。ボトルは描かれておらず銘柄は分からない。
- シンデレラ
- この話の主役で、酒を一滴も飲まない亜希子へ出される。比率まで作中に明示される珍しい回で、オレンジジュース・レモンジュース・パイナップルジュースを1/3ずつシェイクする。佐々倉の説明は「材料だけならただのミックスジュース。しかし氷を選びシェイクする時間を考え、3つの液体を完璧に混ぜるとジュースではない…シンデレラというノンアルコールカクテルになります」。飲んだ亜希子は「私が今まで飲んだどんなお酒より美味しかったです」と言う。同伴で来た夕方と、深夜に一人で来たときの2回供される。
名前が出ただけのお酒
- martini
- 相田が佐々倉をからかうときの比喩として名前が挙がるだけ。「オリーブの実だぞ!」というやり取りで、実際には作られない。
- アースクエイク
- 常連の山本が「ジンとウィスキーとアブサンだけで作る、酔っぱらってメロメロになるヤツ」と口にし、佐々倉が「『アースクエイク』ですか?」と名前を確認する。ただし作られない。佐々倉は「それでしたらもっといいカクテルがございますが」と返している。山本の前にはカクテルグラスが描かれているが、その一杯の名前は作中に出てこない。
「カクテルの魔法」= シンデレラ
題の指す一杯は、酒がまったく入っていないカクテルだった。作中の言い方は「どんなカクテルにも、お客様の人生を少しだけ変える魔法が秘められている」。魔法がかかるのは酒の側ではなく飲む人の側だ、という置き方をしているので、ノンアルコールでも成立する。
ここで効いているのは、亜希子が酒を飲めないことを引け目にしていた点。バーテンダーに向かって「所詮同じ穴のムジナ」と言い放つくらいには、酒の場に対して身構えている。そこへ酒でない一杯を、酒と同じ手間で出す。飲めないことを回避するのではなく、飲めないままバーの客として扱っている。
この回はうちのサイトにとっても珍しくて、酒そのものではなく「酒でない一杯をバーで出す理由」が主題になっている。だからレシピ側にもシンデレラを収録した。うちのレシピで初めてのノンアルコールがこれになる。
作り方が数字で出てくる、数少ない回
『バーテンダー』は分量を出さない話が多いが、この回は比率がはっきり描かれる。オレンジジュース1/3、レモンジュース1/3、パイナップルジュース1/3をシェイク。等分なので覚えることが何もない。
そのうえで佐々倉が言うのが「材料だけならただのミックスジュース」。差が出るのは氷の選択とシェイクする時間だ、という説明になっている。ジュースを3つ混ぜるだけの飲み物と、シェイクして冷やしきった飲み物は、口に入ったときの酸の立ち方が違う。冷えると甘みは引っ込み、酸と香りが前に出る。空気が入って口当たりも変わる。作中はそこを「完璧に混ぜる」という言い方でまとめている。
何分振るのか、氷をいくつ使うのかまでは書かれていない。そこはこちらで補うしかないが、方向は明確で、ぬるいまま混ぜたら負けということになる。
水割りは化学 — マドラーは下から上へ
冒頭のキャバクラの場面で出てくるのが、水割りの作り方。ホステスがマドラーで水平にかき回しているのを見て、佐々倉が自分で作り直す。動かし方は「下から上に引き上げる」。理由はウイスキーと水の比重が違うからで、横に回しても層のまま滑るだけで混ざらない。
引き上げる動きだと、底に沈んだ濃い層が上へ持ち上がり、その隙間に上の水が落ちる。氷ごと一度浮かせて戻すだけで、グラスの中は上下に入れ替わる。回数を増やすより1回の動きを大きく取るほうが効く。かき回すと氷が削れて余計な水が出るので、その意味でも引き上げるほうが正しい。
比率の数字は出てこない。うちのレシピはウイスキー1に水2〜2.5を目安に置いているが、この場面の一杯が何対何なのかは描かれていないので、そこは書かない。作中で示されているのは道具の動かし方ひとつだけで、それでも「さすがプロねぇ」と言わせるだけの差が出るという話になっている。
家でシンデレラを作るとき
材料は3つとも家にあるもので済む。うちのレシピは各25mlで、カクテルグラス1杯ぶんの分量。倍にしてタンブラーに氷ごと入れてもいい。等分の型なので、量を変えても比率さえ守れば同じ味になる。
手を入れる価値があるのはレモンだけ。搾りたてかどうかで香りの立ち方がまるで違う。オレンジとパイナップルは市販の100%で十分で、むしろパイナップルは市販品のほうが甘さが安定している。ジュースは3つとも冷蔵庫でよく冷やしてから使う。常温のジュースを氷で冷やそうとすると、冷える前に氷が溶けて薄くなる。
シェイクは硬い氷を多めに入れて短く強く。シェーカーの外が白く曇ったら止め時になる。振り足りないと本当にただのミックスジュースで終わり、振りすぎると水っぽくなる。甘さが勝つならパイナップルを減らし、酸が立ちすぎるならオレンジを増やす。飲む相手に合わせて動かせる幅がある。
そして作中の要点は味そのものではなく、出し方のほうにある。酒を飲まない人に出すときも、グラスは同じものを使い、シェイクも同じようにやる。「ジュースでいいですか」と聞かずに一杯として出す。ここが揃っていないと、どれだけ配合を詰めてもただのジュースに戻ってしまう。
作られなかったアースクエイク
脇で名前だけ出るのがアースクエイク。山本の説明は「ジンとウィスキーとアブサンだけで作る、酔っぱらってメロメロになるヤツ」で、材料はそのとおり。3つを等量でステアするのが標準の型で、割りものが一切入らないぶん度数は40%台に乗る。地震の名前がついているのは伊達ではない。
ただし作中では出されない。佐々倉が「それでしたらもっといいカクテルがございますが」と返して終わる。酔いたい客に一番強い酒を渡すのが仕事ではない、というこの回の筋がここにも通っている。相田が佐々倉をからかうときに使うマティーニも同じで、名前が出るだけで作られていない。
当ページは作品の紹介と、作中に登場するお酒についての解説です。作品本文・画像の転載はしていません。 引用した台詞は解説に必要な範囲にとどめています。
『バーテンダー』/城アラキ・長友健篩/集英社・スーパージャンプ