漫画とお酒 / バーテンダー

Glass 4 / 1巻

最古の醸造酒

京都での接待に失敗して帰国を宣言した世界的デザイナーに、佐々倉が「最古の醸造酒」を出すと約束する。ブラインドで供されたのは、ワインより古い蜂蜜酒=ミードだった。

この話に出てくるお酒

日本酒うちのバーには未収録
京都・鴨川の座敷での接待の席。徳利と猪口が描かれるだけで銘柄は分からない。後にバーで来島が「日本酒も飲んでたけど本当は嫌だったのかしら…」と振り返るので、旨い一杯としてではなく、相手を見ていない接待の印として置かれている。作り方の記述は作中にない。
ミード(蜂蜜酒)うちのバーには未収録
この話の主役。「最古の醸造酒を出す」という約束の答えで、布で包んだブラインド、ワイングラスで供される。レオンは「イケム…いやトカイか?かなり枯れた感じだが甘口ワインに間違いはない」と誤答し、正体が3千円ほどのミードだと知って驚く。作中の説明は「ワインは紀元前5千年頃に生まれたと言われているが、ミードの歴史はもっと古い/すべての酒の起源と言われています」「水と蜂蜜で自分でも作れる」の2点。前夜は日光の当たる窓際に置いてあり、ワインではないのでそれで構わない、という佐々倉の判断が描かれる。作中の銘柄:ラベルに Mead / Honey Wine sweet / BEE FARM と読める
ハネムーン
2杯目。ベースを上のミードに置き換えた即興版で、神嶋部長が新婚だと聞いて組まれる。欄外注記に標準レシピが載っていて、そのまま引くと「カルバドス1/3、ベネディクティン1/3、レモンジュース1/3、オレンジキュラソー3dashをシェイク」。作中ではそのカルバドスをミードに代えている。レオンの評は「うまい!蜂蜜の奥に潜むフローラルブーケ、ナッツのような香り!? 特級畑の白ワインにも匹敵する味だ!」。名前の由来として「新婚夫婦がミードを飲みながら子作りに励んだことに由来している」「蜂蜜には強精作用もありますから」という説明も添えられる。

名前が出ただけのお酒

シャトー・ディケム 1806年
レオンのコレクションとして名前が出るだけ。オークションで1万ポンド=約200万円以上、という値段の話に使われる。ソーテルヌの甘口ワインで、ブラインドのミードを飲んだレオンが最初に挙げる銘柄でもある。彼のコレクションには200年近いポートワインや古いドイツワインもある、と語られる。
シャトー・ラフィット・ロートシルト 1799年
同じくコレクションの例。約3000ポンド=約60万円という値段とセットで挙がるだけで、開けられも飲まれもしない。
トカイ
ハンガリーの甘口ワイン。ブラインドの一杯を当てにいったレオンが、イケムの次に挙げる名前として出てくるだけ。「枯れた感じの甘口」という彼の読みは方向として合っていて、それでも正体はワインですらなかった、という落とし方になっている。
ロマネ・コンティ 1978年
ラストでレオンから佐々倉へ贈られるボトル。「ブルゴーニュ奇跡の年」と紹介される。この話の中では開けられていないので、味の描写もない。

「最古の醸造酒」= ミード

題がそのまま答えになっている話。作中の説明は「ワインは紀元前5千年頃に生まれたと言われているが、ミードの歴史はもっと古い」「すべての酒の起源と言われています」の2つで、それ以上の年代は出てこない。

理屈のほうは材料を見れば分かる。ぶどうは潰して果皮の酵母に任せる工程が要るし、麦や米はデンプンを糖に変える段取りが先に立つ。蜂蜜は最初から糖で、水で薄めるだけで酵母が働ける状態になる。器と蜂蜜と水があれば成立するので、最初にできた酒がこれだった、という筋が通る。

出し方はブラインド。布で包んだボトルからワイングラスへ注いでいて、ラベルを見せない。これが効くのは相手が世界的なコレクターで、注がれた液体をワインの棚から探しにいくと決まっているから。「イケム…いやトカイか?」という誤答は、外したのではなくワインの中で一番近いところに着地している。

3千円のボトルを、200万円のワインの隣に置く

正体が3千円ほどのミードだと分かってレオンが驚くところに、この話の芯がある。彼のコレクションはシャトー・ディケム1806年が1万ポンド=約200万円以上、シャトー・ラフィット・ロートシルト1799年が約3000ポンド=約60万円という並び。値段の桁が3つ違う酒を、同じグラスで同じように飲ませている。

そこで出てくるのが「バーにとって安い酒も高い酒もありません。すべてが必要な一本なんです」という台詞。言い切っただけで終わらせず、直後にその3千円のボトルでカクテルをもう1杯組んで見せるのがうまい。値段の話を、値段以外の物差しへ移し替える手つきになっている。

細かいが効いているのが、前夜のミードを日光の当たる窓際に置いていた場面。ワインなら光と熱で確実に傷むが、これはワインではない、という佐々倉の線引きがそこで一度描かれる。ラストでレオンが贈るロマネ・コンティ1978年は最後まで開けられないので、この話で実際に飲まれた酒は日本酒とミードとハネムーンだけになる。

家でミードを飲むとき

ミードは酒販店の「その他の醸造酒」や輸入食品店で買える。度数は10%台前半のものが多く、白ワインとほぼ同じ帯。甘口から辛口まで幅があるので、作中の一杯に寄せるなら甘口を選ぶ。ラベルの sweet / dry か、蜂蜜由来の残糖の表記を見る。

香りは原料の蜂蜜がそのまま出る。アカシアなら軽くて花寄り、そばなら重くて癖が強い。レオンの評が「蜂蜜の奥に潜むフローラルブーケ、ナッツのような香り」なので、まず花寄りの蜂蜜で作られたものから入るのが素直。温度は冷やしすぎると蜂蜜の香りが閉じるので、白ワインより気持ち高めの10度前後で、脚付きのグラスに少なめに注ぐ。

作中には「水と蜂蜜で自分でも作れる」という台詞が出てくる。工程としてはそのとおりで、難しいのは道具でも腕でもない。ただし日本では、アルコール分1度以上のものを免許なしで造ると酒税法に触れる。作中のミードは10%台の酒だから、あれをそのまま家で仕込むことはできない。裏を返すと、1度に届かないところで止めておけばそもそも酒類ではないので、そこは作れる。次がその話。

1度未満で仕込む、蜂蜜の発酵ドリンク

押さえるのは1点だけで、度数は時間ではなく糖の量で決まる。酵母は糖を食べてアルコールと炭酸に変えるので、入れた糖を全部食べ切ったときの度数がその仕込みの上限になる。途中で冷蔵庫に入れて止めるやり方は、糖が残っているぶん上限も上に残ったままなので当てにしない。最初から、全部発酵しきっても1度に届かない量しか糖を入れない。この組み方なら、うっかり長く置いても超えようがない。

数字にすると単純。糖はおよそ半分の重さがアルコールに変わる。1リットルで1度(=アルコール10ml=約8g)に届くのに必要な糖が約15gで、蜂蜜は重さの8割ほどが糖だから、水1リットルに蜂蜜19gがちょうど1度の線になる。実際に仕込むのは水1リットルに蜂蜜10g(小さじ1杯半)。これなら最後まで発酵しても0.5度あたりで頭打ちで、線の半分にしか届かない。比重計があるなら、仕込みの比重を1.006以下にしておけば同じ意味になる。家庭で出来上がりの度数を正確に測る手段はないので、測って確かめるのではなく、超えようのない量で仕込むほうが担保になる。

手順。炭酸飲料用のペットボトルを熱湯かアルコールで消毒する(ガラス瓶は圧が上がったとき危ないので使わない)。湯冷ましか浄水を40度以下まで冷ましてから蜂蜜を溶かす。熱い湯だと香りが飛ぶ。そこへドライイーストを耳かき1杯ほど。蜂蜜に付いている野生の酵母に任せる手もあるが、いつ動き出すか読めないうえ雑菌に負けやすいので、確実にやるならイーストを入れる。レモンを少し搾っておくと酸性に寄って雑菌が動きにくくなり、味も締まる。20〜25度に置いて2〜3日、1日1回はキャップを緩めてガスを抜く。ボトルが硬くなったら必ず抜く。泡が立って蜂蜜の香りが立ってきたら冷蔵庫へ移し、よく冷やしてから開ける。

糖を絞ってあるので、出来上がりは「蜂蜜の香りがする微発泡の水」に近い。作中のミードとは別物で、甘い酒のつもりで飲むと外す。甘みが欲しければ、飲む直前にグラスの中で蜂蜜を足す。混ぜるだけなら発酵しないので度数は動かない。やってはいけないのは仕込みの側の蜂蜜を増やすことで、そこが度数の上限そのものになっている。

最後に3つ。1歳未満の子どもには蜂蜜を飲ませない。これは発酵させたかどうかと関係なく、乳児ボツリヌス症の問題。濁り方がおかしい、酸っぱさ以外の匂いがする、ぬめりが出た、のどれかが出たら飲まずに捨てる。そして冷蔵に移しても発酵は完全には止まらないので、作ったら数日で飲み切る。ペットボトルがまた硬くなっていたら、それは中でまだ続いている印。

ハネムーンを組む

欄外に載っている標準レシピは、カルヴァドス1/3・ベネディクティン1/3・レモンジュース1/3に、オレンジキュラソーを3dash足してシェイク。各20mlから始めればいい。等分の型なので分量を覚える手間がないかわりに、材料の質がそのまま出る。りんごのブランデーと薬草リキュールとレモンという、香りの濃い3つを正面からぶつける組み方になっている。

作中はそのカルヴァドスをミードに差し替えている。ベースが40%から10%台へ落ちるので、酒の骨格が抜けて甘みと香りが前へ出る。「特級畑の白ワインにも匹敵する」という評はそこを指していて、カクテルというよりワインの側へ寄った味になっているはず。家で真似るなら、そのまま等分だとレモンが勝ちやすいので、レモンを半分に落として、ベネディクティンも控えめから始めて足していく。

名前の由来も作中で説明される。新婚の夫婦がミードを飲む習わしがあり、そこから honeymoon=蜜月という言葉が来た、という話。つまりミードで組んだハネムーンは、名前が一周して元の材料へ戻っている一杯になる。神嶋部長が新婚だと聞いてこれを出す、という組み立てまで含めて、レシピの選択がその場の理由になっている。

当ページは作品の紹介と、作中に登場するお酒についての解説です。作品本文・画像の転載はしていません。 引用した台詞は解説に必要な範囲にとどめています。
『バーテンダー』/城アラキ・長友健篩/集英社・スーパージャンプ