Glass 9 / 2巻
琥珀の夢
美和の幼なじみ・沙代子の結婚1周年に、カクテルサービスをプレゼントする話。稀少酒が並ぶ高層マンションで夫の帰りを待つ沙代子は離婚届を用意していて、佐々倉が出した宝石のような層のカクテル「ビジュー」を、その場でステアして琥珀色の「アンバー・ドリーム」に変える。
この話に出てくるお酒
- 赤ワインうちのバーには未収録
- 沙代子が夫の帰りを待ちながら自分で注いで、グラスでゴクゴクとあおる。銘柄は作中で呼ばれず、ラベルも読めない。直前にペトリュスやムートンの話が出ているが、そのボトルだとは明言されない。佐々倉が「そんな飲み方されたら酒が泣く」「やめた方がいい…」と止める場面で、この話の中では“味わわれない酒”の側に置かれている。
- ビジュー
- 佐々倉が「ではボクが作ろう」と調製して、遅れて来た夫の前に出す一杯。層に分けて注いであり、「ジンの白がダイヤ/シャルトリューズのグリーンがエメラルド/ベルモットの赤がルビー」「少し時間を置くともっと層がハッキリ分かれ、宝石のように見えます」と説明される。夫は「確かにきれいだね」と褒めるが、沙代子は「もういい、この人には酒の味は分からない」と拒んで離婚届を出す。比率は作中に書かれていない。作中の銘柄:ビーフィーター ロンドン ドライジン/シャルトリューズ(緑)/チンザノ(ベルモット)の3本がボトルとして描かれる
- アンバー・ドリームうちのバーには未収録
- この話の主役だが、新しく作られる一杯ではない。「このカクテル、実はもうひとつ名前があるんです」と言って、佐々倉が層のままのビジューをバースプーンでステアする。層が混ざって琥珀色になり、そこで名前がアンバー・ドリームに変わる。夫婦に1杯ずつ供され、二人とも「美味しい!」と言い、沙代子は離婚届を破る。材料も分量もビジューと同じで、違うのは混ぜたかどうかだけ。作中の銘柄:上のビジューと同じ3本(ビーフィーター/シャルトリューズ/チンザノ)
名前が出ただけのお酒
- ペトリュス(50年代)
- 部屋のセラーに並ぶ稀少酒として名前が挙がるだけ。開けられない。
- シャトー・ムートン 1945年
- 同じくコレクションの一本として名前が出るだけ。
- ザ・マッカラン 1928年蒸留 50年
- 同じく棚の稀少酒。この話ではウイスキーは一滴も飲まれない。
- シャルトリューズ(古いボトル)
- 「100年は経ってる」と言われる古酒として別に登場する。佐々倉がビジューに使うのはこれではなく通常のボトルのほう。
「琥珀の夢 = アンバー・ドリーム」
題はそのままカクテルの名前で、アンバー・ドリームの直訳になっている。ただしこの話の組み立ては変わっていて、アンバー・ドリームは新しく作られない。すでにカウンターに出ている別のカクテル、ビジュー(フランス語で「宝石」)を、佐々倉がその場でバースプーンで混ぜる。層が崩れて琥珀色になったところで「このカクテル、実はもうひとつ名前があるんです」と言う。材料も分量も同じ液体が、混ぜられたことで名前を変える。
そこに佐々倉の説明が乗る。琥珀はただの松ヤニの化石で、宝石のような華やかな輝きはない。でも数万年の時間を経て、宝石とは全く違う美しさを得る——という話をしてから、「男と女も、同じ時間を生きることが大事なのかも知れませんね」と続ける。宝石=ビジュー、琥珀=アンバー・ドリーム。題が指しているのはこの対比のほうで、酒の名前が2つあること自体が話の骨になっている。
受け手側の台詞も噛み合っている。沙代子は層のビジューを「きれいだね」と褒めた夫に対して「女は宝石が欲しいんじゃない」と言い返す。見た目がきれいなうちは中身が分かれたままで、混ぜてしまうと見た目は地味になるが一体になる。カクテルの物理的な変化と話の主題が、比喩ではなく同じ一杯の上で起きているのがこの回の作りだ。
同じ材料の2杯 ── 層のままか、混ぜたあとか
描かれているボトルは3本で、ビーフィーターのロンドンドライジン、緑のシャルトリューズ、チンザノのベルモット。ビジューはこの3つで作る古典カクテルで、名前の由来も作中の説明どおり、ジンの透明がダイヤ、シャルトリューズの緑がエメラルド、ベルモットの赤がルビー、という見立てから来ている。佐々倉は3つを混ぜずに層に分けて注ぎ、「少し時間を置くともっと層がハッキリ分かれ、宝石のように見えます」と付け加える。
ここで押さえておくと役に立つのが、ビジューは本来ステアして出す一杯だということだ。うちのレシピも技法はステアで、混ぜて冷やして仕上げる。つまり作中の層仕立てのほうが見せるための作りで、佐々倉が最後に混ぜて琥珀色にしたものが、カクテルとしては普通のビジューの姿に近い。名前は2つでも、バーで注文したときに出てくるのはたいてい混ざったほうになる。
分量は作中に一切書かれていない。層の比率も、ステアの回数も、時間も出てこない。読み取れるのは銘柄3本と、層の順番が上からジン・シャルトリューズ・ベルモットに見えること、そして「時間を置くと層がハッキリする」という一言だけだ。数字が無いのはこの回に限った話ではなく、バーテンダーはもともと比率を書かない漫画で、代わりに何をどう見せるかのほうに紙面を使う。
稀少酒が並ぶ部屋で、ワインをあおる
舞台は高層マンションで、棚には50年代のペトリュス、ムートンの1945年、1928年蒸留のマッカラン50年、100年は経っているというシャルトリューズが並ぶ。どれも作中で開けられない。名前と値打ちだけがそこにあって、飲まれないまま置かれている酒として描かれる。夫が仕事で遅れているあいだ、沙代子はその部屋で普通の赤ワインをグラスでゴクゴクとあおっている。
佐々倉が止めに入るのがここだ。「そんな飲み方されたら酒が泣く」「やめた方がいい…」。この回で酒の側から見て一番はっきりしているのは、高い酒が並んでいることと、その部屋で酒が味わわれていないことの落差になっている。値段は宝石の側の価値で、時間をかけて味が変わることは琥珀の側の価値だ、という分け方が最後のカクテルまで一本で通っている。
そして実際に供されるのは、ビーフィーターとチンザノという、どこの酒屋にもある定番銘柄で作った一杯になる。棚の稀少酒には一度も手が伸びない。安い酒で作ったカクテルのほうが場を動かした、という決着になっていて、家で真似できるのはまさにこちら側だ。
家でビジュー/アンバー・ドリームを作る
うちの組み方はドライジン30ml・グリーンシャルトリューズ30ml・スイートベルモット30ml・オレンジビターズ1dash、ステアしてカクテルグラス、レモンピールとチェリー。作中に数字は無いので、この比率はこちら側の標準だと思ってほしい。等量なのでシャルトリューズの薬草がかなり前に出る一杯で、初めてなら緑を20mlに落としてジンを40mlにすると輪郭が読みやすくなる。慣れてから等量に戻すといい。
作中のように層で見せたいなら、比重の重い順に下から重ねる。スイートベルモット(糖分が多く度数が低い)を先に入れ、次にグリーンシャルトリューズ、最後にジン。それぞれバースプーンの背に伝わせて、グラスの内壁を静かに落とすと混ざらない。ただし層のまま置くと冷えないし薄まらないので、味としては強くて角が立つ。だから佐々倉と同じで、見せたあとで混ぜて飲むのが正解になる。混ぜた瞬間に琥珀色になるので、演出としてはそのまま使える。
シャルトリューズは緑(55度)と黄(40度)があって、緑でないと作中のエメラルドの層にならない。値段も緑のほうが高い。黄で作ると全体が甘く穏やかになり、混ぜたあとの色ももっと明るい琥珀に寄る。どちらでも飲めるが、この話をなぞるなら緑を選ぶこと。ベルモットは作中どおりチンザノのロッソでいい。
保存は開けたベルモットだけ気にすればいい。冷蔵で1ヶ月をめどに使い切る。ワインが原料なので常温に置くと数週間で酸っぱくなる。シャルトリューズとジンは常温で年単位で持つ。作中に出てくる「100年は経ってる」シャルトリューズのような古酒に価値がつくのも、こちらが動かないぶん瓶の中でゆっくりしか変わらないからだ。2人ぶん作るなら、ミキシンググラスで一度に倍量をステアして2杯に分けたほうが温度が揃う。
当ページは作品の紹介と、作中に登場するお酒についての解説です。作品本文・画像の転載はしていません。 引用した台詞は解説に必要な範囲にとどめています。
『バーテンダー』/城アラキ・長友健篩/集英社・スーパージャンプ